行き過ぎた右・左は「社会の落伍者」の受け皿か?幼稚なヒーロー志望者たちへの警告

日々の出来事

現在の体重は106.8kg。相変わらず「107kg付近」という強力なベースキャンプに居座っていますが、4月の105kg台突入という目標に向けて、有酸素運動30分のアニメタイムを死守しています。

昨日は大人の稽古会に参加してきたのですが、お目当ての先生が居なくて若干消化不良気味・・・折角先週注意されたことを実践して見せようと思ったのですが、残念です。しかし今まで全く見えなかった六段への道がぼんやりとですが見えてきました。

自分自身の数字(体重)や、剣道の稽古で先生方に認められようと汗を流す日々の中で、ふとSNSやニュースに目を向けると、今の日本に蔓延る「ある種のグロテスクな現象」が気になって仕方がありません。

今日は、現在の政治やSNS界隈における「右・左」の正体について、私の持論をぶちまけたいと思います。

Kintaです。

1. 「社会の拒絶」を受けた人々の、歪んだ受け皿

今の「行き過ぎた右派・左派」(極右極左とまではいかないまでも、過激な連中)は、本質的には政治思想の集まりではありません。あれは、「行き過ぎた被害者意識を持つ人間」の受け皿になっています。

社会から否定された、居場所を奪われた、あるいは人生を台無しにされた……。そう感じている人々が、最後に流れ着く場所になっているのです。具体名を挙げるなら、参政党やれいわ新選組といった勢力がそれにあたります。

はっきり言わせてもらえば、彼らの多くは自分自身の愚かな行動や能力不足によって居場所を失ったにもかかわらず、その責任を認められず、肥大化した被害者意識を「怒り」へと変換してしまっています。

  • れいわ新選組へ: 怒りの矛先が「日本という組織や特権階級」に向かう層
  • 参政党へ: 怒りの矛先が「日本を脅かす外的要因」に向かう層

結局のところ、入り口が違うだけで、根っこにあるのは同じ「知性の欠如」により発散できない「怒り」です。

2. 30歳を過ぎて「ヒーロー」を気取る無責任さ

彼らの厄介なところは、その行動原理が「善意」である点です。「日本を良くしたい」「巨悪を倒したい」といった、ベクトルこそ違えど、自分たちをヒーローだと本気で勘違いしています。

10代や20代の若者が、血気盛んゆえに極端な行動に走るのはまだ理解できます。しかし、30歳を過ぎた大人がこれに傾倒するのは異常です。

普通、30代にもなれば社会の仕組みを理解し、自身の行動に責任を持つ経験を積んでいるはず。ですが、あの手の勢力にハマる連中には、その「大人の責任感」が決定的に欠落しています。

3. koko氏に見る「幼稚な孤独」の末路

以前も取り上げた「伝統保守チャンネル最期は笑って」の投稿主、koko(ここ)氏などはその典型です。

彼の顔立ちを見れば分かりますが、非常に幼い。論調を見ても、大人としての決断や責任を負った経験が極めて少ないことが透けて見えます。彼は孤独であり、その孤独を埋めるためにSNSという「同じ意見の人しかいない群れ」の中に逃げ込んでいるに過ぎません。

本当に幼稚だなと思うのは、「僕の投稿を見てからだと思うんですけど・・・」という発言をするところ。自分を過大評価して世界が自分を評価し見てくれていると錯覚しているところ。人間誰しも全能感に酔う時期はあります。がそれは30代に入る前にほとんどの人は卒業します。彼の力を正当に判断してくれる身近な人が誰もいなかったんだろうなって可哀想になってきます。

SNSの閉鎖的なコミュニティにいれば、自分は全肯定され、理不尽な経験も、他人の人生に責任を負う重圧もありません。だから、彼らはいつまでも純粋で幼稚なままでいられるのです。

その純粋さと幼稚さゆえに、結局は「内ゲバ」という低レベルな争いで内部崩壊を繰り返す。やっていることは、小学生の仲良しグループの喧嘩と同じです。

4. 「無能」ゆえに凶行には至らないが……

彼らは声こそ大きいですが、根底にあるのが被害者意識と幼稚な思想である以上、世の中を変える力などありません。また、彼らがオウム真理教のような凶行に走ることもないでしょう。なぜなら、彼らはそこまでの実行力すらない「無能」だからです。

オウムと彼らの決定的な違いは、SNSという心地よい居場所が残っているかどうかです。気に入らない人間をブロックすれば平和が保たれるSNSは、無能にとって最高のシェルターです。彼らが暴発するとすれば、その最後の居場所であるアカウントやコミュニティを奪われたときだけでしょう。

koko氏のような配信者の収益化は停止されるべきだと思いますが、見方を変えれば、彼のコミュニティは「世の中から排除された無能を閉じ込めておく隔離施設」としての役割を果たしているのかもしれません。その隔離・管理費だと思えば、多少の不快感も我慢すべきなのでしょうか。

終わりに:自分自身のアップデートを

「日本人すげぇ」という他人の威光に縋り付いたり、被害者意識を免罪符にして他者を攻撃したりする生き方は、あまりにも虚しいものです。

私は、自分自身の数字(106.8kg)と向き合い、剣道で自分を磨き、AIを使いこなして一歩ずつ前に進む道を選びます。

義務教育を受け直し、教科書を読むべき人間に成り下がらないよう、今日も私は自分自身をアップデートし続けます。

偉そうなこと言っているなら六段受かって早く90kg台突入してみろよ・・・お叱りの声がたくさん来そうだけど

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